茂木健一郎氏がイジメ問題で特論
岩手県矢巾町で、中学2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺したと見られる件が社会問題になるなかで、脳科学者の茂木健一郎氏がイジメ問題で特論を述べた。
いじめを受けていた中学生が自殺するという痛ましい事件があった。生活記録ノートに心の苦しさを訴えていたのに、結果として先生や学校は適切な対応をとることができなかった。どうしてこのようなことが起きてしまったのか、ぜひ検証してほしい。
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
学校が学びの唯一の場ではない、ということについては比較的理解されやすいだろう。自宅などで、自習しても、学習はできる。米国では自宅学習(homeschooling)で学ぶ子どもが、2007年時点で2.9%に及び https://t.co/lkZX2p3eDA 学力も遜色ないとされる — 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
問題は、社会性を身につけるために、学校に通うことが必須であるかと言う点。「同級生とうまくやっていく」ことが望ましく、そうできないのは問題だというような意見もあるが、完全に間違った考え方である。そのような意見は、社会性を狭くとらえすぎているのである。
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
Judith Harrisの論文 (1995)が示しているように、社会性とは、つまり、文脈のことである。子どもたちが身に付けるべき社会性は、本来多様であり、学校の、とりわけ、日本の義務教育の学校における社会性が、唯一の文脈ではない。それは、むしろスペクトラムとしては狭い。 — 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
日本の義務教育の学校の「あの」空気という文脈に、特に問題なく適応できる子もいるだろう。一方で、内心イヤだな、と思いながら、なんとかやり過ごす子もいるだろう。一方で、学校に通うのが苦痛でたまらないと感じる子もいるだろう。最後のカテゴリーの子は、学校に通わないのも選択肢だ。
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
日本の小学校、中学校を訪問する度に思うのは、よく言えば真面目で従順、悪くいえば小さく前にならえの雰囲気が、先生方、生徒、教育委員会、すべての側面に満ちていて、あれを居心地よいと感じる子もいれば、いやだなあと感じる子がいてもまったくおかしくない。 — 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
日本の義務教育の小学校、中学校における「社会性」とは、社会性の本来のスペクトラムから言えば、かなり狭い領域にあるのであって、その中でうまくやれず、別の文脈ではいきいきと呼吸できる子がいても、当然のことであると言える。「あの」社会性に適応しろと押し付けるのは、むしろ横暴である。
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
学校は、学びや社会性の唯一の現場では決してないという認識は、尾木直樹さんのような、教育について深い経験と洞察がある方ならば共有していただけるとおもうけれども、全国各地の教育現場、保護者の間では必ずしも空気のような共通認識になっていないだろう。そこに問題がある。 — 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
早い話が、学校に行くのが苦しかったら、学校に行かなくても勉強はできるし、社会性も身につけられる、という認識が「常識」として、もっと全国各地の先生方や保護者の間で共有されるようになれば、今回の事件のようなことも少しはふせげるし、苦しい子どもたちを救う道になると思う。
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
社会性はひとつではない。ずっと部屋にこもって勉強やゲームをして、時にコンビニに行って買い物をし、年に何回か友だちと話す、という社会性があってもぜんぜんOK。社会性とはこうだ、と決めつける人たちがいても、無視すればいい。狭いのはその人たちであって、決めつけられた子の方ではない。 — 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2015, 7月 11
どうしても許せない人を許すことじゃなく、だんだんと思い出さなくなること。いまとこれからの人生に許せない人を登場させないこと
すけろくちゃんの意見はこちら。
いじめを経験した人は何年経ってもいじめられた記憶が蘇って、白髪のまじる年齢になってもいざという時にいじめた人間の顔や声が蘇って、自信をなくしたりするの。理想はどうしても許せない人を許すことじゃなく、だんだんと思い出さなくなること。いまとこれからの人生に許せない人を登場させないこと
— すけろくちゃん (@2012wat) 2015, 7月 5
過去にひどいことをされて許せない人がいるなら、あの人も若かったんだとか、色んな事情があったんだとか想像して、だからもう許してあげよう…なんて思わないほうがいいよ。無理がある。加害者の心の闇を分析・理解するのは被害者の役割じゃない。許せない人を許せない自分を許してあげるといいのよ。 — すけろくちゃん (@2012wat) 2015, 7月 5
「いじめ」は、残念ながら、人間が社会的な動物である以上、どこでも起こりうるのだが…..
茂木さん、すけろくさんが仰るように、
渦中の場合、『学校に行くのが苦しくなったら、行かないという選択肢』
過去にあった場合、『許せない人を許せない自分を許してあげる』
ことは有力な解決法の一つであろう。
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それを脱税もじゃパーマが言うのかしかも東大