音楽誌『beatleg magazine(ビートレッグ・マガジン)』が2016年2月号をもち休刊

1998年12月創刊の音楽誌『beatleg magazine/ビートレッグ・マガジン』が、2015年12月28日発売の187号(2016年2月号)をもち休刊する。
編集と営業の2名で発刊までを賄っていたが、営業担当者が2016年1月24日に急逝したためで、担当者は寸前まで普段通りに過ごしていたが、入稿の最終段階の前日に突然倒れ、翌日未明に帰らぬ人となったという。

beatleg magazine(ビートレッグ・マガジン)休刊のお知らせ
通常の考え方ですと、担当者を補填すれば再開できると考えられると思いますが、弊社は故人と二人だけ起業して17年3ヶ月間、二人三脚で社内でやるべきすべてを工面していました。
営業、発送、会計処理などの庶務のほとんどを故人に頼ってきまして、しかし定期刊行物として途絶えないようにやっていたための無理が出てしまい、何かあった場合に対応できないままにしておいてしまった為に、このような結果になってしまいました。
また故人は編集者の私よりもずっとずっと音楽、映像、本などのカルチャーに精通し、縁の下の力持ちであったので、そういう土台の元に誌面が構成されていた部分があります。
そういう意味でも私一人で故人のやっていたことの補填対応が不可能という判断に至りまして、痛恨ですが休刊とさせていただくことにしました。

beatleg magazine/ビートレッグ・マガジン発行人・編集長
横関清高
2016年1月31日加筆修正2月1日
http://www.beatlegmagazine.com/news/archives/312

明治20年(1887年)創業 都内最古のおでん屋「呑喜」が閉店 現在のおでんスタイルを考案した老舗

明治20年(1887年)創業、130年にもなる老舗で大正デモクラシーの立役者吉野作造も通っていた都内最古のおでん屋「呑喜」が最近閉店したとのこと。大根、袋などの、現在定番のおでん種を考案した店。

ギタリスト松原正樹さん ガン終末期になり栃木県那須の病院に入院

ギタリスト松原正樹さんの夫人南部昌江さんが1月30日、Facebook上で、2015年5月に十二指腸ガンであることが判明したという松原さんが現在、ガン終末期になり栃木県那須の病院に入院され、痛みを軽減する対処療法を行っているとのこと。
松原さんは現在61歳、これまで松任谷由実「恋人はサンタクロース」、松田聖子「渚のバルコニー」、寺尾聰「ルビーの指環」など多くの歌手のレコーディングに参加してきた。

[教則DVD 『松原正樹 ギター・サウンド徹底解析』 Digest]
那須の自宅スタジオで収録されたという教則DVD。

南部 昌江
1月30日
現在、夫の松原正樹は癌終末期になり那須の病院に入院しています。
去年の5月に十二指腸癌がわかり、6月に手術で開腹したところ転移も多く手の施しようが無く、腸を胃に繋ぐバイパス術をしてもらいました。それからは食事が取れるようになり、自宅に戻り、免疫療法や温熱療法を始めとしたありとあらゆる良いとされる治療を通院で受けながら、自宅でも食事療法など良い事何でもしながら普通に暮らしておりました。とても体調が良かったので良い方向に行ってると感じておりました。ところが、年末には痛み発熱が続くようになってしまい、それでも頑張って通院はしていたのですが、遂に1月18日入院しました。
やはり末期癌には勝てないのですね…とても残念でなりません…
抗がん剤拒否は若い頃から二人で決めてた事で、二人で選んだ治療をしてきたわけですから、「…たら、…れば」と思いませんし、言われたくないです。ここまで普通に楽しく暮らす事ができました。
現在病院では痛みを軽減する対処療法で麻薬鎮痛剤使ってます。
私も病室にずっと泊まり込んで側についています。
松原はもう面会に耐え得る体力は無いので、静かに見守っていただけたらと思います。
https://www.facebook.com/masae.nanbu/posts/893112517474343

+追記

南部 昌江
2月10日
魂が宿っていた肉体にいよいよ限界が来てしまいました。
治療を続けてきましたが、末期癌の為2月8日未明、夫:松原正樹の魂は天に昇って行きました。
松原が魂を込めた演奏、追求し続けたサウンドの作品は沢山残っていますので、末長く愛聴して頂けたら、松原がこの世に生きた証しとして嬉しく思います。
本日、那須にて家族葬を済ませました。
お知らせできなかった事をどうかお許しください。
https://www.facebook.com/masae.nanbu/posts/898365346949060

東電復興本社、Jヴィレッジから富岡町へ移転 Jヴィレッジ東京五輪日本代表の強化拠点に

東京電力復興本社、Jヴィレッジから富岡町へ移転
かねてより復興本社を移転することを表明していた東京電力は27日、移転先を「浜通り電力所(双葉郡富岡町)」とし、2016年3月末までに移転すると発表した。
press:tepco.co.jp
「福島復興本社」は、原発事故被災者への賠償、除染、復興推進などについて、一元的に意志決定するため東電が福島県にある全ての事業所の復興関連業務を統括するために、2013年1月1日にJヴィレッジ(楢葉・広野町)内に設置された設置した組織。
Jヴィレッジ スポーツ施設として復旧へ
日本サッカー協会は平成31年4月に営業を全面再開するJヴィレッジを、翌年に控える東京五輪に向けた男女日本代表の強化拠点とすることを理事会で正式に決めた。さらに同五輪後、ワールドカップ代表や各年代代表も活用する可能性が出てきた。
source:福島民報

X JAPAN、Ra:INのギタリストPATA 血栓で入院

X JAPANのギタリストPATAが所属しているもう一つのバンド、Ra:IN(ライン)がPATAの体調不良により急遽、公演中止と発表した。

1/22(金) Ra:IN 上野音横丁、公演中止・延期のお知らせ。
※1月22日(金) 開催を予定しておりました
“Ra:IN 2016 上野音横丁”の 公演は、
メンバーであるPATAの体調不良により、
誠に申し訳ありませんが、 急遽、 公演中止・延期させて頂きます。
Ra:IN Official

この件について、X JAPANのドラマーYOSHIKIが「先週から入院している。(20日夜に)話をしました。血栓ができているためで、状況は良くなっています」と説明した。
(sanspo.com)

乃木坂46 14th選抜発表 センターは卒業発表の深川麻衣

1月31日放送「乃木坂工事中」(テレビ東京)で、乃木坂46の14thシングルの選抜メンバーの発表が放送された。
14thでセンターに選ばれたのはグループ最年長の24歳で14thをもって卒業が決まっている深川麻衣だった。深川がセンターに選ばれたのは初めて。
前列を務めるのは橋本奈々未、西野七瀬、生田絵梨花、白石麻衣の4名。
14thシングルのフォーメーションは以下の通り。
3列目:桜井玲香、若月佑美、松村沙友理、生駒里奈、伊藤万理華、井上小百合、堀未央奈
2列目:齋藤飛鳥、高山一実、衛藤美彩、秋元真夏、星野みなみ
1列目:橋本奈々未、西野七瀬、深川麻衣、白石麻衣、生田絵梨花
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秋元康氏プロデュースのakb関連グループで卒業メンバーがセンターを務めたのは大島優子(『前しか向かねぇ』)、山田菜々(『Don’t look back』)、松井玲奈(『前のめり』)。

今野義雄乃木坂46運営委員長 『2014年にガンと戦っていた』

2011年にAKB48の公式ライバルとして誕生した乃木坂46の責任者として、乃木坂46運営委員会委員長を務める今野義雄プロデューサーが1月30日、リアルサウンドのインタビューで『2014年にガンと戦っていた』と語り、2015年1月にリリースされたアルバム『透明な色』のリード曲「僕がいる場所」について、『一人称の「僕」が、愛する人を置いて死んでゆく仮定の歌詞』になっているが、この重いテーマを自分と重ね合わせてリアルに感じ取っていたと告白した。

今野:もちろん歌詞の意図は秋元先生にしかわからないので、総括的なお話はできないのですが、ただ、楽曲は個人個人の体験に結びつけられて解釈が変わってきますよね。……僕個人のことを言えばその前年、2014年に僕は癌と戦っていたんです。本当に死んでしまうかもしれない、そんな状態からの復活だったので、この曲をいただいた時は「僕のことだ……」という刺さり方でした。本当に自分が死んでしまったら、この子たちはどうなっていくんだろうっていう、自分の物語としてリアルに感じ取ってしまいましたね。とはいえ、もちろん受け取る人によっていろんな感じ方をされるものだと思います。

-今野義雄氏プロフィール-
1966年生まれ。ソニー・ミュージックレーベルズで、石井竜也、YUIらを担当。2011年より乃木坂46の責任者。
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アサヒスーパードライなど数々の広告を手掛けた小沢正光博報堂顧問が死去

多くの広告やブランディングを手がけた小沢正光博報堂顧問兼チーフプラニングオフィサーが1月24日、肺炎のため埼玉県内の病院で死去した。65歳。
博報堂でアサヒビール、日産自動車、アップルなど多くの広告キャンペーンを手掛けた。

博報堂チーフプラニングオフィサー・小沢正光氏が死去
AdverTimes
2016.01.29 掲載
1951年埼玉県生まれ。東京教育大学(現筑波大学)卒業後、1974年博報堂入社。博報堂シーアンドディ社長、博報堂執行役員、常務執行役員を経て2014年から顧問。


博報堂の後輩がまとめた、小沢氏の「名言」が書籍「おざわせんせい」として集英社インターナショナルより2014年に出版された。

『名探偵コナン』の吉岡昌仁プロデューサー(56)が逝去

テレビアニメ『名探偵コナン』『電波教師』等、劇場アニメ『名探偵コナンシリーズ』『真救世主伝説 北斗の拳シリーズ』等でプロデューサーを務めた吉岡昌仁氏が2016年1月14日に逝去。享年56歳。
アニメーション制作を主な事業内容とする株式会社トムス・エンタテインメント所属でアシスタントプロデューサーを務めたあと、『魔法騎士レイアース』(1995年-1996年)以降、多くのテレビアニメ、劇場用アニメでプロデューサーを務めた。

掲載日2016年1月29日
本学客員教授の株式会社トムス・エンタテインメント吉岡昌仁先生が、
2016年1月14日に逝去されました。
享年56歳。ここに謹んで哀悼の意を表します。
デジタルハリウッド大学

デヴィッド・ボウイのラストアルバム「★」のグラフィック素材 非営利に限り無償使用が可能に

2016年1月10日に死去した英歌手デヴィッド・ボウイのラストアルバムとなった「★」のグラフィックデザインを手掛けたジョナサン・バーンブルック氏が、アルバムのグラフィック素材を公開、非営利に限り無償での使用が可能となっています。


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davidbowie.com